2025年2月5日
( 写真は野口雨情、松浦武四郎が、そして前田正名翁が愛した阿寒湖と雄阿寒岳 )
旅は私の人生の師匠かも知れない。旅の途中には、生きるヒントやアイデアをたくさん授けられるから。
今、私は釧路行きの機上からポッカリポッカリ浮いている雲を眺めています。雑念がまったく入って来ないひとときは、その昔、ひとりボルドーの葡萄畑の中で過ごした時の感覚とよく似ています。似たような白い雲が芸術的に浮いていて、動物の形に見えたり、仏像であったり。雲を見下ろしていると、一瞬、自分が聖人になったような気がします。そして、その瞬間、ごく自然に筆が走るのです。
ワイングラスだったり、シャンパーニュのボトルだったり、次々と現れる雲の芸術。私の筆からは、すらすらと文章が流れていきます。上手く書こうなんて考える暇もなく、いつの間にか詩人の境地に。目に入ってくる風景と物体のすべてを、絵に描くように詩に託したいという欲求にかられてしまうのです。
かなり昔の話になりますが、外国航路の船乗り時代に、先輩からよく「シンガポールを出航したら気を付けろ」と聞かされたことを思い出します。「マラッカ海峡に入った時に海が凪いでいると、まるで鏡の上にいるような感覚になるんだ」と。
その鏡の海には、多くの舟人が誘惑されて、行方不明になってしまうというのです。ちなみに、「騙されないぞ」と誓った人は、とある行動を取るのだとか。先輩から教わった行動、その詳細についてはここでは差し控えますが、自分を現実に引き戻すことができるわけです。海の上で長く過ごした私は、文字通り心を奪われそうになった経験が何度もあります。その時と似た感覚を、今、雲の上で感じているのです。
( マラッカの海 )
今、私は雲の遥か上。雲の下には、厳しい冬の凪いだ海が光り輝いていて、あのマラッカ海峡を思い出します。
気象の違いなのか、北海道の雲は、内地の雲とは若干違って見えるような気も。
「間もなく釧路空港に到着します」と、機長の落ち着いた澄んだ声のアナウンスメントが流れました。
窓の外の雲は、相変わらず私を空想へと誘います。
得も言われぬ形に変化し続けるそれは、ワイングラスどころか、『源氏物語』における光源氏の最愛の女性・紫の上の後ろ姿へと変化したり。
この光景をゴッホやカンデンスキーが描いたら、どんな作品ができあがるのでしょうか。
空港が近づいてきたようです。今日の阿寒湖は凍っているのかしら?あの美しい毬藻たちは元気でいるかな…などと、いろいろな思いが頭をよぎります。
( 阿寒トー 『トー』とはアイヌ語で湖の意 )
雌阿寒岳は白い煙を噴き出しているのだろうか?雄阿寒岳は雪化粧?
空想に耽っていると、北の大地が一気に迫って来ました。まもなく釧路空港に到着です。
空港から出ると、雪こそ降ってはいませんが、気温はマイナス3℃。
う〜、寒い!やはり凍れ(しばれ)ますね!
暖かいお迎えの車に乗り込み、一路目的地へ。釧路空港から阿寒湖までの小一時間の道中は、変わりゆく北の大地の風景に癒されるひととき。私は、冬の季節だからこそ味わえるこの「空間」が大好きでして。白鷺が数羽、「イランカラプテ」(アイヌ語の挨拶、「あなたの胸にそっと触れさせてください」の意)とばかり出迎いてくださいます。
( イランカラプテ像 )
釧路空港から阿寒湖迄の約1時間ほど車から変わりゆく北の大地の風景に癒されます。
冬の季節の此の1時間の空間が大好きです。
2泊3日と短い滞在ではありますが、今回はここ阿寒湖温泉の旅館・あかん遊久の里 鶴雅で行われる第23回『鶴雅ワインの夕べ』に参加させていただくことが目的の旅。
今年は、実に160余名ものワイン好きの方々が全国から集まってくださいました。
ワインというわずか3文字がテーマのイベントですが、毎回よく多くの人が集まるものだなあと感心します。つまり私たちは、飲む前からすっかり酔わされているわけですね。ボトルに詰められたあの液体のどこにそんな魅力が隠されているのかしら?ごく自然に湧き上がる疑問に対し、「真のワインの魅力」を明確に答えてくださったお方が、実はここ阿寒に眠っておられます。
( 前田正名翁 )
前田正名 男爵( 1850年4月23日〜−1921年8月11日 鹿児島県生まれ )
ふと思い出すと、途端に阿寒の地を旅したくなるお方。
そんな翁の御言葉をいくつかご紹介しましょう。
● 物ごと万事に一歩が大切
● 此の山は、伐る山から観る山にすべきである
● 前田家の財産はすべて公共の財産となす
前田正名翁なくして、現在の日本のワイン文化は存在しただろうか?
私は、ここ阿寒の大地を踏みしめるたびに敬意と感謝を捧げていますが、上越市大字北方生まれの川上善兵衛翁(1868年4月2日〜1944年5月21日)を訪ねて新潟県は越後高田に旅する時にも、同じ思いを抱きます。
( 日本の葡萄、ワインの父 川上善兵衛翁の像 )
我が国のワイン文化を築いた、2人の偉人。ワインを愛でる方なら、一度は彼ら「日本のワインの父」の生まれ故郷やゆかりの地を訪ねるのも悪くないのではないでしょうか。
このお二方の足跡を追えば、周辺分野の知識を含めて、ワインを味わうために大切なことをどっさりと学べるかもしれませんよ。
さあ、旅に出ませんか。人生を楽しく生きる上でのたくさんのヒント、もっともっと深いワインの真実を学ぶ旅に。
文字通り、In vino Veritas(ワインの中に真実あり)の世界へと。
著者:熱田貴(あつたたかし)
経歴:昭和13年7月7日、千葉県佐原市に生まれる。外国にあこがれ(株)日之出汽船に勤務し、昭和38年まで客室乗務員として南米、北米を回りワインに出会う。39年にホテルニューオータニ料飲部に。44年~47年までフランス・ボルドー、ドイツ・ベルンカステル、オーストリア・ウィーン、イギリス・エジンバラにてワイナリー、スコッチウィスキー研修。48年ホテルニューオータニ料飲部に復職。平成3年に東京麹町にワインレストラン「東京グリンツィング」を開業。平成9年に日本ソムリエ協会会長に就任。「シュバリエ・ド・タストヴァン」「コマンドリー・デュ・ボンタン・ドゥ・メドック・エ・デ・グラーヴ」「ドイツワイン・ソムリエ名誉賞」など海外の名誉ある賞を数々受賞。その後も数々の賞を受賞し、平成18年に厚生労働省より「現代の名工」を受賞、平成22年度秋の褒賞で「黄綬褒章」を受賞。現在は一般社団法人日本ソムリエ協会名誉顧問、NIKI Hillsヴィレッジ監査役などを務めている。
★ワイン航海日誌バックナンバー
【1】もう1人いた「ワインの父」
【2】マイグラスを持って原産地に出かけよう
【3】初めてワインに遭遇した頃の想い出
【4】冬の楽しみ・グリューワインをご存知ですか?
【5】仁木ヒルズワイナリーを訪ねる
【6】酒の愉しみを詠んだ歌人の歩みを真似てみる。
【7】シャンパーニュ地方への旅
【8】エルミタージュの魔術師との出逢い
【9】ワインと光
【10】ワインから生まれた名言たち
【11】ワイン閣下との上手な付き合い方
【12】学問的・科学的とは言えない、でも楽しいワインの知識
【13】ホイリゲでプロースト!旅の途中・グリンツィング村の想い出
【14】幕臣・山岡鉄舟は、果たして酒には強かったのか
【15】ワイン、日本酒、そしてお茶。それぞれの魅力、それぞれの旅路。
【16】北の大地「北加伊道」に想いを馳せて
【17】高貴なるワインだけを愉しみたいなら、洞窟のご用意を
【18】楽しむことが大事なれど、楽しみ方は人それぞれに。
【19】よいワインが育つゆりかご、「蔵」について
【20】あれから60年、まだまだ続く「ワインの旅」
【21】片道450㎞、愛車を飛ばして出逢った「奇跡」
【22】もし『雪国』ではなく、函南だったなら…静岡県への小旅行
【23】「沙漠に緑を!」 遠山正瑛先生を偲び、山梨・富士吉田市へ
【24】一杯のワインが人生を変えた…愛知県幡豆郡一色村、とある男の物語
【25】力士たちの仕草に「心」が揺れて
【26】大嘗祭を控える秋。美しいお月様に見守られ、京都を訪ねる
【27】大嘗祭を終えた今こそ、悠久の歴史の渦へ
【28】冬の阿寒、美しく凍える森の中を歩いた6時間
【29】マキシムを栄光へと導いた「私たちのアルベール
【30】車内アナウンスに身体が反応!?長野県茅野市への旅
【31】千年の京都にはどんな”風の色”が吹くのでしょうか
【32】外出自粛の春に想う、奥の細道、水の旅
【33】緊急事態宣言解除で思い出す旅の楽しさ、素晴らしさ
【34】フランソワ一世の生誕地「コニャック」を訪ねて
【35】軍神とその妻、人生の最後に寄り添ったワイン
【36】ドイツ・ミュンヘンの名物イベントに想いをはせて
【37】伊豆、とある館にひそむ物語
【38】旅は人生そのもの、柔道とワインの達人との一期一会
【39】初めての出会いから60年余。いまこそ、贈りたい言葉
【40】「運命」を感じに、部屋の中から壮大な旅を
【41】雪の向こうに見えるもの。川上善兵衛に、改めて敬意を。
【42】散切り頭を叩いてみれば…明治は遠くなりにけり
【43】風の道、森の恵み…ワイン造りに大切なもの。
【44】風は淡い緑色…茶の安らぎを求めて静岡県島田市へ
【45】なくても生きてはいけるが、なくては人生じゃない。
【46】北海道・仁木町の雪は、葡萄とヴィニュロンの心強い味方。
【47】偉人たちが贈った賛辞とともに、ワインを愛でるひととき。
【48】木は日本の心、櫛は心を梳かす…秋が深まる中山道の旅。
【49】千年後に想いを馳せて、イクアンロー!北海道・阿寒のワイン会。
【50】葡萄が「えび」と呼ばれた時代を偲んで…「本草学」のススメ。
【51】カスタムナイフの巨匠は、なぜ「栓抜き」を手がけたのか。
【52】夢の中に御出現! 摩訶不思議な鳥居をめぐる京の旅
【53】明言、金言、至言…先人の御言葉とともに味わう春のワイン
【54】日本の酒文化のルーツは?古の縄文時代を目指す想像の旅
【55】一杯のワインとテディベアが、世界平和に役立ちますように
【56】チリで、フランスで、北海道で。出逢いに導かれた84年。
【57】神話の里、日本一の庭園を擁する美術館への旅。
【58】ワインを愛でる前にそっと心の中で「五観の偈」を思い出してみる
【59】毎年恒例の「北の大地」への旅、今年も学ぶこと多し
【60】一人の女性画家の世界観を訪ねて、春近き箱根路の旅。
【61】大都会の静寂の中で思うこと。
【62】1960年代、旅の途中で出会った名言たち
【63】北海道・常呂で出会った縄文土器、注がれていたのは?
【64】ワイン好きならぜひ一度、北海道・仁木町のワイナリーへ
【65】もう二度と出逢えないパリのワイン蔵
【66】訊いて、訊かれて、60年余。「ワインって何?」
【67】もう少し彷徨いましょう。「ワインとは何か?」
【68】雪の山形、鷹山公の教えに酔う
【69】ワインの故郷の歴史と土壌、造り手の想いを知る歓び
【70】葡萄とワインにもきっと通じる?「言葉」の力、大切さ。
【71】いまこそ考えてみたいこと。「美味しい」とは?「御食」とは?
【72】ワインの世界の一期一會
【73】ワインとお塩の素敵な関係
【74】3日間、4年弱。わずかな時間が一生忘れられなくなる、それが旅
【75】深まる秋の季節に誘われて、岩手・石鳥谷への旅
ずっと夢に描いてきた理想の住まいを実現できる注文住宅。その名の通り、住まいのデザインや間取り、仕様を細かく注文できるのだが、本気で「理想」…
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2025年01月31日 発行
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