2023年11月24日
突然ですが、ワイン通の皆様方に教えていただきたいことがあります。ワイン、葡萄酒って何でしょう?知識ですか?飲み物でしょうか?中には芸術だと仰る方もおられるほど多様ですので、ぜひ皆様に伺いたいのです。
私はワインと向き合って、すでに60と数年が経過しました。されど我れ、未だワインの真実が何も分からず。内外を問わず、私の周囲には「あの御仁はワイン通ですよ」と言われる方が結構いらっしゃるのですが。
( 幻の伝説ワイン)
かつてソムリエ協会の会長をしていた関係からでしょうか、パーティなどのお席ではよくこんなことを訊ねられます。「私はロマネコンティのxx年ものをワイン庫にxx本ほど持っているのですが、xx年ものはいつ頃が飲み頃ですかね?」そんな時は、私は躊躇なく「今晩あたりが最高だと思いますよ」と答えます。すると、その方は有り難うと一言告げて、熱が冷めたお顔で私の前から去っていきます。
よくあるパターンです。自慢したかったのかしら?ご馳走してくださるおつもりだったのかな?別にいじわるに答えたのではなく、本当に「早く楽しみたいなら、今夜に開ければ最高だろうな」と思うのですが…。
( モーゼル川沿いの葡萄畑とワインケラーライ)
もう半世紀も前になるでしょうか。モーゼル川の畔りにある小さな村、ベルンカステル=クースのとあるワインケラーライを訪ねた折りの出来事を思い出します。
最初に試したワインの美味しさに感動して「こんな美味しいワインは生まれて初めて体験しました。」と素直に感想を伝えたところ、ワイン蔵の最高責任者であるケラーマイスターの方は、笑みを浮かべながら別の棚から別のボトルを開けてくださいました。「試してごらん」と促されて口に含むと、そのワインも「な・な・なんという味なのだ!」と絶句するほどの美味で。次のワインも、さらにその次のワインも。この日は、ブンダバー(吃驚仰天)の連続でした。
ワインの複雑さ、奥深さは値段だけで語れるものではなく、そこにはさまざまな要素が絡み合っている…。ケラーマイスターは、時間を掛けてじっくりと諭すように、「神様からの贈り物だよ」と自信に満ちた笑顔で教えてくださいました。
ご存じの通り、ワインの歴史は50年や100年どころの話ではありません。イタリアの知人も、フランスの友も、「千年単位だよ!」と口を揃えます。したがって、その深さを知るには、1年や2年ではあまりにも短いですよね。私自身も、合言葉のように「千年先を見つめる」と自分に言い聞かせています。
(愛媛県八幡浜の港)
さて、話はがらりと変わりますが。歌手の森進一さんが歌う『港町ブルース』の歌詞に、こんなくだりがあります。
♪別れりゃ 三月 待ちわびる
女心のやるせなさ
明日はいらない 今夜が欲しい
港 高知 高松 八幡浜
つまり、歴史のはじまりは、今夜かも知れない?
今現在の瞬間も非常に大切ですが、個人的には「明日こそが一番大事」かもしれません。今日から明日へとページを進め、それが千年も積もり積もって時の大河となり、悠久の歴史を創るのですから。文明、文化や芸術、そして私たち人間自身を進化させてくれたのは、そんな時間の積み重ねです。
たとえば、前回もご紹介した遺跡を作り上げた私たちの祖先は、2023年の今日を生きる私たち日本人にたくさんの文化文明の痕跡を遺してくれました。まさに千年単位の贈り物ですよね。
(縄文時代の遺跡)
ただ、私たちは、その素晴らしい教えを活かし切れていないのかもしれません。ワインの文化でさえ、その楽しさを後世に伝え続けることができるのかどうか。たった一杯の名もなき葡萄酒でも、「されど葡萄酒!」なのです。お値段ではないのです。
もしかしたら、「絆」とか「ご縁」といった言葉も、ワインという得体の知れない液体から生まれたのでは…と思ったりもします。わずか60数年という短い付き合いですが、自分自身を振り返ると、ワインとお付き合い出来たからこそ人生は180度、いや、もしかしたら360度も変わりました。その液体は、確かに幸福をもたらしてくれたのです。
お値段に関係なく、ワインは偉大です。ワインを愛でて悲しくなる人はいないでしょう。ワインはそれを愛でた時、人をプラス思考に導いてくれるのです。
(ルイ・パスツール博士)
かのルイ・パスツール先生は、「千萬の書物よりも一杯のワインの中に沢山の深い哲学が存在する」という素晴らしい言葉を残しています。私たちが今ワインを楽しく味わえるのは、もしかしたらこの方のお陰かもしれないと思えるほどの名言ですね。
さて、冒頭の問いですが。私も、皆様に「熱田さん、ワインって何ですか?」とよく訊ねられます。答は見つかっていませんが、ひとまず「いわゆる『知・好・楽』の楽ですかね?」と答えるようにしています。子曰く、知っているだけの人よりも好きである人が勝り、好きなだけの人よりも楽しめる人が勝る…というあれですね。つまりは、何事も楽しめる人にはかなわない。いかなる仕事も、楽しくなければ仕事じゃないんですね。ワインも然り、孔子様に感謝ですかね。
楽しむのであれば、どんなワインであろうともワイングラスには凝りたいです。それから、そのワインにとっての最上の温度に気を配りましょう。ワインのアテにはあまりこだわりませんが、可能なら三本立ての裸蝋燭を灯したいところ。そして、最重要なのが、飲む相手様!男性とはあまり飲みたくないですよね(笑)。
柔らかくてカラフルなテーブルクロス、そしてキャンドルライト。音楽も欲しいな!そして、食卓の向こうには素敵な御婦人が。
「月こそ心よ、花こそ心よ」
まさに、人生は芸術、ですかね。
著者:熱田貴(あつたたかし)
経歴:昭和13年7月7日、千葉県佐原市に生まれる。外国にあこがれ(株)日之出汽船に勤務し、昭和38年まで客室乗務員として南米、北米を回りワインに出会う。39年にホテルニューオータニ料飲部に。44年~47年までフランス・ボルドー、ドイツ・ベルンカステル、オーストリア・ウィーン、イギリス・エジンバラにてワイナリー、スコッチウィスキー研修。48年ホテルニューオータニ料飲部に復職。平成3年に東京麹町にワインレストラン「東京グリンツィング」を開業。平成9年に日本ソムリエ協会会長に就任。「シュバリエ・ド・タストヴァン」「コマンドリー・デュ・ボンタン・ドゥ・メドック・エ・デ・グラーヴ」「ドイツワイン・ソムリエ名誉賞」など海外の名誉ある賞を数々受賞。その後も数々の賞を受賞し、平成18年に厚生労働省より「現代の名工」を受賞、平成22年度秋の褒賞で「黄綬褒章」を受賞。現在は一般社団法人日本ソムリエ協会名誉顧問、NIKI Hillsヴィレッジ監査役などを務めている。
★ワイン航海日誌バックナンバー
【1】もう1人いた「ワインの父」
【2】マイグラスを持って原産地に出かけよう
【3】初めてワインに遭遇した頃の想い出
【4】冬の楽しみ・グリューワインをご存知ですか?
【5】仁木ヒルズワイナリーを訪ねる
【6】酒の愉しみを詠んだ歌人の歩みを真似てみる。
【7】シャンパーニュ地方への旅
【8】エルミタージュの魔術師との出逢い
【9】ワインと光
【10】ワインから生まれた名言たち
【11】ワイン閣下との上手な付き合い方
【12】学問的・科学的とは言えない、でも楽しいワインの知識
【13】ホイリゲでプロースト!旅の途中・グリンツィング村の想い出
【14】幕臣・山岡鉄舟は、果たして酒には強かったのか
【15】ワイン、日本酒、そしてお茶。それぞれの魅力、それぞれの旅路。
【16】北の大地「北加伊道」に想いを馳せて
【17】高貴なるワインだけを愉しみたいなら、洞窟のご用意を
【18】楽しむことが大事なれど、楽しみ方は人それぞれに。
【19】よいワインが育つゆりかご、「蔵」について
【20】あれから60年、まだまだ続く「ワインの旅」
【21】片道450㎞、愛車を飛ばして出逢った「奇跡」
【22】もし『雪国』ではなく、函南だったなら…静岡県への小旅行
【23】「沙漠に緑を!」 遠山正瑛先生を偲び、山梨・富士吉田市へ
【24】一杯のワインが人生を変えた…愛知県幡豆郡一色村、とある男の物語
【25】力士たちの仕草に「心」が揺れて
【26】大嘗祭を控える秋。美しいお月様に見守られ、京都を訪ねる
【27】大嘗祭を終えた今こそ、悠久の歴史の渦へ
【28】冬の阿寒、美しく凍える森の中を歩いた6時間
【29】マキシムを栄光へと導いた「私たちのアルベール
【30】車内アナウンスに身体が反応!?長野県茅野市への旅
【31】千年の京都にはどんな”風の色”が吹くのでしょうか
【32】外出自粛の春に想う、奥の細道、水の旅
【33】緊急事態宣言解除で思い出す旅の楽しさ、素晴らしさ
【34】フランソワ一世の生誕地「コニャック」を訪ねて
【35】軍神とその妻、人生の最後に寄り添ったワイン
【36】ドイツ・ミュンヘンの名物イベントに想いをはせて
【37】伊豆、とある館にひそむ物語
【38】旅は人生そのもの、柔道とワインの達人との一期一会
【39】初めての出会いから60年余。いまこそ、贈りたい言葉
【40】「運命」を感じに、部屋の中から壮大な旅を
【41】雪の向こうに見えるもの。川上善兵衛に、改めて敬意を。
【42】散切り頭を叩いてみれば…明治は遠くなりにけり
【43】風の道、森の恵み…ワイン造りに大切なもの。
【44】風は淡い緑色…茶の安らぎを求めて静岡県島田市へ
【45】なくても生きてはいけるが、なくては人生じゃない。
【46】北海道・仁木町の雪は、葡萄とヴィニュロンの心強い味方。
【47】偉人たちが贈った賛辞とともに、ワインを愛でるひととき。
【48】木は日本の心、櫛は心を梳かす…秋が深まる中山道の旅。
【49】千年後に想いを馳せて、イクアンロー!北海道・阿寒のワイン会。
【50】葡萄が「えび」と呼ばれた時代を偲んで…「本草学」のススメ。
【51】カスタムナイフの巨匠は、なぜ「栓抜き」を手がけたのか。
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【56】チリで、フランスで、北海道で。出逢いに導かれた84年。
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【59】毎年恒例の「北の大地」への旅、今年も学ぶこと多し
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2024年10月25日 発行
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