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ドイツ・ミュンヘンの名物イベントに想いをはせて【ワイン航海日誌】

ドイツ・ミュンヘンの名物イベントに想いをはせて【ワイン航海日誌】

2020年9月4日

長くワインを探求していると、時折り、おいしいビールが恋しくなります。欧州に滞在していた頃は、ドイツ・バイエルン州の州都ミュンヘンで開催されるビール祭り「オクトーバーフェスト(Oktoberfest)」によく出かけたものです。

オクトーバーフェスト、10月祭。現在は9月の後半から始まるこのフェスティバルは、美味なるビールや料理のほか、盛大なパレードやイベントなども盛り沢山。会期の2週目の週末は「イタリア人の週末(Italiener-Wochenende)」と呼ばれるほど詰めかけるイタリア人観光客をはじめ、会場は国際色も豊かです。

注目は、「ヴィーズンビア」「フェストビア」などと呼ばれる特別なビールを楽しめること。通常のビールよりもアルコール度数が少し高めで、醸造はミュンヘン市内の歴史ある6つのビール会社のみに認められています。まさにビールファンの祭典というわけですね。

ミュンヘンっ子が「ヴィーズン(Wiesn=緑地)」と呼ぶこの祭りの歴史は古く、1810年に遡ります。バイエルン王国の王太子ルートヴィヒとテレーゼ・フォン・ザクセン=ヒルトブルクハウゼンの結婚式とそれを祝う競馬が起源とされていて、戦争などで何度も中断しながらも現在まで受け継がれてきました。
会場となるテレージエンヴィーゼは市の中心部にあり、実に42ヘクタールもの広さ。東京ドームに換算すると、約9個分にあたるそうです。会場への入場は無料ですが、飲食物を買う時や、会場内にある遊園地(oide wiesn)に入る際には、そのつど支払います。

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最近は日本各地でも開催されているオクトーバーフェストですが、本場の盛り上がりは文字通りひと味違います。その動員力は半端なものではなく、例年、何と延べ600万人を優に超える入場者が押し寄せるといいます。今年は新型コロナウイルス禍で中止となってしまいましたが、再開の暁にはドイツ旅行がてら体験してみることをおすすめします。

この伝統あるお祭りにご参加の際には、ぜひドイツ南部・バイエルン地方の民族衣装トラハト(Tracht)もお試しください。男性ならハーフパンツの「レーダーホーゼン」、女性の方でしたら「ディアンドル」と呼ばれるエプロンドレスを着こなし、いざ会場へ。現地に着いたら、まずトイレの位置の確認して、ビール売り場へ。会場内の人の多さは、人混みに慣れているはずの東京人でも目を丸くするかも知れませんね。

フェストのメインイベントは、もちろんビールを楽しむこと。ここでは、マース(Mass)と呼ばれる1ℓサイズのジョッキが提供されています。注文するときは Ein Mass Bitte! (アイン マース ビッテ)と伝えましょう。

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先にも触れましたが、オクトーバーフェスト用の特別なビールは少しアルコール度数が高いため、何マース飲むかには要注意。出店している6ブランドをすべて味わうとなると6マースですので、もしトライしたい方はノックアウトを覚悟の上で。現実的な線で言えば、2マースくらいに抑えたいですね。

会場のど真ん中にはステージが設置され、バンドがお祭り気分を雰囲気を盛り上げてくれます。Ein Prosit , Ein Prosit der Gemutlichkeit ,Ein Prosit , Ein Prosit der Gemutlichkeit!「乾杯、乾杯、この安らぎに乾杯!」。この歌が始まると、皆さん席を立ちます。椅子に立つ人、テーブルの上に立つ人、見知らぬ人と肩を抱き合って歌う人。この歌は、1時間のうちに数回繰り返されます。

最初に訪れたオクトーバーフェストでは、私は酒豪で通称サムライと呼ばれていた友人と連れ立ち、5マースに挑戦しました。最初は順調でしたが、4マースを飲み終わるあたりから雲行きが怪しくなり、結局、最後のマースはドイツの大地が飲んでくれました。その後は車まで這って戻ったものの、運転なんか当然無理で、テレージエンヴィーゼの近くのパーキング場で朝を迎えるという苦い経験が懐かしいです。これに懲りて、初参戦の後は、いつも1.5マースを心がけました。

ドイツ語で「こんにちは」の挨拶と言えば、Guten tag (グーテンターク)ですね。これは全国的ですが、バイエルン地方ではServus(セレブス)が一般的かと思います。丁寧語ではGluse gott(グリュス ゴット)で、直訳すると「神に挨拶する」という意味になります。

ビールの乾杯は、一般的にProst!(プロースト)、またはProsit!(プローシット)で OK。ちなみに、ワインの場合はZum wohl!(ツム ヴォール)を使います。「ありがとう」も覚えておくと便利ですね。Danke schön(ダンケシェーン)やVilen Danke(フィーレンダンク)は全国的ですが、こちらも、バイエルンの方言ではDang schee(ダンクシェー)となります。別れの挨拶は、一般的には Auf Wiedersehen(アオフ ヴィーダーゼーエン)やTschüss!(チュッス)ですが、バイエルンのミュンヘンっ子は Pfiat di(フィアット ディ)と挨拶します。

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現地訪問の際は、ぜひ覚えておきたい挨拶の言葉。洒落て使ってみれば、素敵な一期一会が生まれるかもしれません。

余談になりますが、作家の森鴎外は、明治17年から4年間、ドイツに留学しています。ミュンヘンではやはりオクトーバーフェストに繰り出し、ビール工場の訪問も満喫したようです。留学中の日記には、「醸造長は僧侶でよく太っていて豚のようだった。皆と大いに飲み、楽しんだ」と記していますから、きっと盛大に羽目を外したのでしょうね。なお、作家にして軍医でもある彼は、留学中に「ビールの利尿作用」について研究発表しています。適量をきちんと守れば、ビールもワインも「薬以上に薬」ですからね。

できれば今年もオクトーバーフェストに参加を…と願っていたのですが、ドイツの友人から「残念ながら今年は中止になった」というメールが届きました。本当に残念ですが、日本国内も中止と延期の嵐ですから致し方ないところですね。

—–僕らの本はゴミだらけ、偉くするのはビールだけ、ビールは僕らを楽しませてくれる、本は僕らを苦しませる—–

詩劇『ファウスト』や小説『若きウェルテルの悩み』で有名な詩人・ゲーテの言葉。そんなわけで、今年はこれをつまみに乾杯です。では、よく冷えたビールで…Prost! Zum wohl!


 著者:熱田貴(あつたたかし)
経歴:昭和13年7月7日、千葉県佐原市に生まれる。外国にあこがれ(株)日之出汽船に勤務し、昭和38年まで客室乗務員として南米、北米を回りワインに出会う。39年にホテルニューオータニ料飲部に。44年~47年までフランス・ボルドー、ドイツ・ベルンカステル、オーストリア・ウィーン、イギリス・エジンバラにてワイナリー、スコッチウィスキー研修。48年ホテルニューオータニ料飲部に復職。平成3年に東京麹町にワインレストラン「東京グリンツィング」を開業。平成9年に日本ソムリエ協会会長に就任。「シュバリエ・ド・タストヴァン」「コマンドリー・デュ・ボンタン・ドゥ・メドック・エ・デ・グラーヴ」「ドイツワイン・ソムリエ名誉賞」など海外の名誉ある賞を数々受賞。その後も数々の賞を受賞し、平成18年に厚生労働省より「現代の名工」を受賞、平成22年度秋の褒賞で「黄綬褒章」を受賞。現在は一般社団法人日本ソムリエ協会名誉顧問、NIKI Hillsヴィレッジ監査役などを務めている。

★ワイン航海日誌バックナンバー
【1】もう1人いた「ワインの父」
【2】マイグラスを持って原産地に出かけよう
【3】初めてワインに遭遇した頃の想い出
【4】冬の楽しみ・グリューワインをご存知ですか?
【5】仁木ヒルズワイナリーを訪ねる
【6】酒の愉しみを詠んだ歌人の歩みを真似てみる。
【7】シャンパーニュ地方への旅
【8】エルミタージュの魔術師との出逢い
【9】ワインと光
【10】ワインから生まれた名言たち
【11】ワイン閣下との上手な付き合い方
【12】学問的・科学的とは言えない、でも楽しいワインの知識
【13】ホイリゲでプロースト!旅の途中・グリンツィング村の想い出
【14】幕臣・山岡鉄舟は、果たして酒には強かったのか
【15】ワイン、日本酒、そしてお茶。それぞれの魅力、それぞれの旅路。
【16】北の大地「北加伊道」に想いを馳せて
【17】高貴なるワインだけを愉しみたいなら、洞窟のご用意を
【18】楽しむことが大事なれど、楽しみ方は人それぞれに
【19】よいワインが育つゆりかご、「蔵」について
【20】あれから60年、まだまだ続く「ワインの旅」
【21】片道450㎞、愛車を飛ばして出逢った「奇跡」
【22】もし『雪国』ではなく、函南だったなら…静岡県への小旅行
【23】「沙漠に緑を!」 遠山正瑛先生を偲び、山梨・富士吉田市へ
【24】一杯のワインが人生を変えた…愛知県幡豆郡一色村、とある男の物語
【25】力士たちの仕草に「心」が揺れて
【26】大嘗祭を控える秋。美しいお月様に見守られ、京都を訪ねる
【27】大嘗祭を終えた今こそ、悠久の歴史の渦へ
【28】冬の阿寒、美しく凍える森の中を歩いた6時間
【29】マキシムを栄光へと導いた「私たちのアルベール
【30】車内アナウンスに身体が反応!?長野県茅野市への旅
【31】千年の京都にはどんな”風の色”が吹くのでしょうか
【32】外出自粛の春に想う、奥の細道、水の旅
【33】緊急事態宣言解除で思い出す旅の楽しさ、素晴らしさ
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