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イタリアが誇る名門、王者『アルファ ロメオ』。その人気の背景

イタリアが誇る名門、王者『アルファ ロメオ』。その人気の背景

2019年9月26日 PR

1920年にアルファロメオのテストドライバーに就任した彼は、レースドライバーに昇格後、いくつかのレースで目覚ましい走りを見せ、晴れてワークスチーム入りを果たす。自らコックピットに収まりつつ、市販車の販売代理店も成功へ。仲間とセミワークスチームを立ち上げたり、ドライバー引退後はワークスチームのマネージャーを引き受けたり。1939年に独立の時を迎えるまで、彼はアルファロメオでさまざまな経験を磨く…。

さて、ここで言う「彼」とは、誰を指すのか。モータースポーツファンなら記憶を手繰るまでもない、初級レベルの設問。もちろん、エンツォ・フェラーリその人だ。

1910年、イタリアはミラノで創業したアルファロメオは、その後100年以上にわたりイタリア車のシンボル的な役割を果たしてきた自動車メーカーだ。モータースポーツの舞台では、その黎明期から名声を欲しいままにする走りの名門として君臨。美しさと速さへのこだわりは市販車にも引き継がれ、アメリカの自動車王ヘンリー・フォードをして「アルファロメオが通るたびに脱帽する」と言わしめたというほどの大成功を収める。

冒頭に紹介した「彼」ことエンツォ・フェラーリは、後に自ら率いるレーシングチームで古巣と激戦を繰り広げる。1951年のイギリスGPでは、前年から始まったF1世界選手権で初めて「本家」を打ち破り、ポディウムの頂点へ。「私は母を殺してしまった」という名セリフは余りにも有名だが、あの「跳ね馬」が分家と考えられていたのだから、当時のアルファロメオがどんな地位にいたのかありありとが分かる。

人々がアルファロメオに抱くイメージは、昔も今もほとんど変わらない。製品が発散する魅力は前述の「美」と「速さ」、即ち「自動車の愉しみ」そのものだ。感性に訴え、感情を揺さぶり、感覚を研ぎ澄ましてくれるような走行性、それをそのまま表現するデザイン性。これを人生の豊かさとして味わい尽くすことが、アルファロメオを選び、乗る意味と言えよう。

そこで今回は、世界に名だたるイタリアの自動車文化を担ってきた名門アルファロメオを特集してみたい。サーキットの中心にいた同社が、日本の公道でどんな振る舞いを見せるのか。まずは、いま世界中の車好きをワクワクさせるセダン&SUVを次ページから紹介しよう。

 

>>世界的大ヒットとなった遺伝子を体感する
『アルファロメオジュリア』の「美とパフォーマンス」

 

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