2021年12月29日
私たち関東在住の旅人は、「北海道」の文字を見ただけで心が躍るもの。小樽・函館・稚内、気のせいかどこからか北島三郎さんの名曲『風雪ながれ旅』まで聞こえてきたりして。松浦武四郎さんの命名からすでに150余年、「北」の文字には、エンジェルナンバー(三)の数秘術、数学の秘密(三)の意味に覆われた内容と同様に、深い謎が隠されている気がします。
そんなわけで、今回はその北の大地・阿寒を旅しますので、ぜひご一緒に。
まずはピカピカに磨いた北海道用の冬靴を履きましょう。羽田空港から釧路空港への空路では毎回、機内で眠ることに決めています。到着した釧路の空はまさに晴天で、周囲には雪ひとつないのには驚きましたが、はるか女阿寒岳はさすがに冠雪していますね。雪はなくてもごく自然にコートの襟を立てるのは、フランスの名優ジャン・ギャバンの影響です。寒い、寒いと繰り返していたら、空港の温度計がマイナス4度を指していました。
さあ、ソムリエ仲間のMさんが出してくださったお迎えの車へどうぞ。目的地は阿寒湖の畔にある『あかん遊久の里 鶴雅』さんです。今回は、すでに20数年も続いている「阿寒鶴雅ワイン会」に招かれての旅。したがいまして、宿に到着すると同時にまずはホテル自慢の温泉に浸った後は、パーティ用洋服に着替えて、いざ会場へ。
宴の始まりは、例年通り私ども仁木ヒルズワイナリー『はつゆき』の2020年ビンテージとともに。この2年間のコロナ禍で間隔が開いたこともあってか、今回、久し振りの開催となったワイン会は、150名を超える参加者を集める人気ぶり。近隣の首長さんが足をお運びくださったほか、札幌はもちろん東京からもたくさんのワインファンにお越し頂きました。本当にワイン好きの祭典といった趣です。
現在、北海道には40を越えるワイナリーが存在します。このワイン用葡萄の適産地に惚れ込み、フランスから鞍替えしたお方もおられますので、百年後には仁木や余市の周辺は世界屈指のワイン生産地になっているかもしれません。いや、ワインの歴史は1000年が始まりですので、次の千年を見据えて今から歴史づくりに着手する価値は十分にあると信じます。ということで、北海道の皆さんとともに、さあ、まずは道産ワインはつゆき2020で乾杯を。
千年先を想っての乾杯ならば、北海道ならではの言葉が欲しいですね。知人から教えていただいたアイヌ語では、乾杯は「イクアンロー」というそうです。何と響きのよい言葉でしょうか。ちなみに、ありがとうは「イヤイライケレ」。では、「イランカラプテ」の意味は? こんにちはという挨拶ですが、本当は「あなたの心にそっと触れさせていただきます」という意味を持つのだとか。これから北海道に旅する方は、ぜひご参考に。
さて、ここ阿寒と言えば、フランスからワインの祖を導いてくれた「日本のワインの父」と呼ばれる前田正名翁の像でも有名ですね。鹿児島県出身の前田正名は若くしてフランスへ留学し、8年後に帰国。政府の要職を経て、日本各地で農場経営や山林事業を展開します。ここ阿寒の地に立ち、湖畔の景観に深い感銘を受けた彼は明治40年(1907年)に居を構え、晩年には「この山は、伐る山から観る山にすべきである」と語ったと伝えられています。
今回、お世話になった『あかん遊久の里 鶴雅』さんは全国リゾートホテルの中でもトップクラスのお宿。宿のコンセプトは、「和のおもてなしに、心遊ばせるひととき」と記されていました。1階の「鶴雅大阿寒温泉 豊雅殿」のほか、8階の「展望大浴場 天の原」では、天空に浮かぶ湯から阿寒湖と雄阿寒岳を独り占め。湖と縁深い森が織り成す大自然と、そこで暮らす人々が育んだ文化、日本のワインの父の心をつかんだ阿寒のかけがえのない財産を楽しめます。
いかがでしょうか。山海の恵みを愛でながら、ソムリエたちの選ぶ北海道の素晴らしいワインを満喫する、阿寒と我々の旅物語。舞台となってくださった鶴雅さんを一口で表現するならば、「劇場と言う君の美術館ホテル」といったところでしょうか。かの天才音楽家ウォルフガング・アマデウス・モーツァルトは、音楽家である前に「偉大なる一人の旅人」でした。旅の体験がその天賦の才を磨き込んだ天才を生み出したのかも知れないと思えば、冬の旅への意欲も増すというものです。
私の御食求道の旅は、さらに続きます。ぜひ、次回もご一緒に。
著者:熱田貴(あつたたかし)
経歴:昭和13年7月7日、千葉県佐原市に生まれる。外国にあこがれ(株)日之出汽船に勤務し、昭和38年まで客室乗務員として南米、北米を回りワインに出会う。39年にホテルニューオータニ料飲部に。44年~47年までフランス・ボルドー、ドイツ・ベルンカステル、オーストリア・ウィーン、イギリス・エジンバラにてワイナリー、スコッチウィスキー研修。48年ホテルニューオータニ料飲部に復職。平成3年に東京麹町にワインレストラン「東京グリンツィング」を開業。平成9年に日本ソムリエ協会会長に就任。「シュバリエ・ド・タストヴァン」「コマンドリー・デュ・ボンタン・ドゥ・メドック・エ・デ・グラーヴ」「ドイツワイン・ソムリエ名誉賞」など海外の名誉ある賞を数々受賞。その後も数々の賞を受賞し、平成18年に厚生労働省より「現代の名工」を受賞、平成22年度秋の褒賞で「黄綬褒章」を受賞。現在は一般社団法人日本ソムリエ協会名誉顧問、NIKI Hillsヴィレッジ監査役などを務めている。
★ワイン航海日誌バックナンバー
【1】もう1人いた「ワインの父」
【2】マイグラスを持って原産地に出かけよう
【3】初めてワインに遭遇した頃の想い出
【4】冬の楽しみ・グリューワインをご存知ですか?
【5】仁木ヒルズワイナリーを訪ねる
【6】酒の愉しみを詠んだ歌人の歩みを真似てみる。
【7】シャンパーニュ地方への旅
【8】エルミタージュの魔術師との出逢い
【9】ワインと光
【10】ワインから生まれた名言たち
【11】ワイン閣下との上手な付き合い方
【12】学問的・科学的とは言えない、でも楽しいワインの知識
【13】ホイリゲでプロースト!旅の途中・グリンツィング村の想い出
【14】幕臣・山岡鉄舟は、果たして酒には強かったのか
【15】ワイン、日本酒、そしてお茶。それぞれの魅力、それぞれの旅路。
【16】北の大地「北加伊道」に想いを馳せて
【17】高貴なるワインだけを愉しみたいなら、洞窟のご用意を
【18】楽しむことが大事なれど、楽しみ方は人それぞれに。
【19】よいワインが育つゆりかご、「蔵」について
【20】あれから60年、まだまだ続く「ワインの旅」
【21】片道450㎞、愛車を飛ばして出逢った「奇跡」
【22】もし『雪国』ではなく、函南だったなら…静岡県への小旅行
【23】「沙漠に緑を!」 遠山正瑛先生を偲び、山梨・富士吉田市へ
【24】一杯のワインが人生を変えた…愛知県幡豆郡一色村、とある男の物語
【25】力士たちの仕草に「心」が揺れて
【26】大嘗祭を控える秋。美しいお月様に見守られ、京都を訪ねる
【27】大嘗祭を終えた今こそ、悠久の歴史の渦へ
【28】冬の阿寒、美しく凍える森の中を歩いた6時間
【29】マキシムを栄光へと導いた「私たちのアルベール
【30】車内アナウンスに身体が反応!?長野県茅野市への旅
【31】千年の京都にはどんな”風の色”が吹くのでしょうか
【32】外出自粛の春に想う、奥の細道、水の旅
【33】緊急事態宣言解除で思い出す旅の楽しさ、素晴らしさ
【34】フランソワ一世の生誕地「コニャック」を訪ねて
【35】軍神とその妻、人生の最後に寄り添ったワイン
【36】ドイツ・ミュンヘンの名物イベントに想いをはせて
【37】伊豆、とある館にひそむ物語
【38】旅は人生そのもの、柔道とワインの達人との一期一会
【39】初めての出会いから60年余。いまこそ、贈りたい言葉
【40】「運命」を感じに、部屋の中から壮大な旅を
【41】雪の向こうに見えるもの。川上善兵衛に、改めて敬意を。
【42】散切り頭を叩いてみれば…明治は遠くなりにけり
【43】風の道、森の恵み…ワイン造りに大切なもの。
【44】風は淡い緑色…茶の安らぎを求めて静岡県島田市へ
【45】なくても生きてはいけるが、なくては人生じゃない。
【46】北海道・仁木町の雪は、葡萄とヴィニュロンの心強い味方。
【47】偉人たちが贈った賛辞とともに、ワインを愛でるひととき。
【48】木は日本の心、櫛は心を梳かす…秋が深まる中山道の旅。
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2024年10月25日 発行
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