2019年10月8日
旅は人生そのもの。ぶらりと気ままに一人旅もよし、少人数での仲間との旅も悪くない…。というわけで、今回の旅は京都ぶらり旅と洒落てみました。
最初の宿は、豊かな緑を残す吉田山。神楽岡、あるいは神楽ケ岡とも呼ばれています。東山36峰のひとつで、「山」とついてはいますが、標高はわずか105mの孤立丘。今回の目的地「吉田山荘」は、山麓の中腹にあります。
吉田山荘は、昭和天皇の義理の弟君、東伏見宮家の別邸として昭和7年に建てられました。純和風の外観を持つ建物の中には、陽光に透けるステンドグラス、組み込みの板の間、一部屋ごとに誂えられた瀟洒な電燈、そこかしこに趣を凝らした細工が。簡素で凛とした「和」の風情と、直線と曲線の織りなす「洋」の繊細でエレガンスさが融け合う造形美は、驚くほど高雅な香りを醸し出しています。まるで蔵の奥深くに年輪を重ねて忘れ去られていた、あのロマネコンティのよう…と言えば、感動が伝わるでしょうか。
吉田山荘敷地内「真古館」
訪ねたのは9月15日、美しい満月の夜でした。吉田山荘の女将さん、中村京古さんの丁重なお迎えに恐縮しつつ、貴重な一夜を過ごさせていただきました。女将ご自身の言葉で聞く「真実一路」の精神について。「ご縁の橋渡し」や「美しいものへの憧れと共有」を理念に、どうすれば顧客により深い満足を提供できるのかと、常に頭に置いた上で日々励まれているお仕事について。いや、素晴らしいお話で、ひたすら感動させていただきました。
当夜は観月会。
目の前に並んで行く、ひとつひとつの御料理を目で味わうと、その一皿一皿に、魂を揺さぶられるような何かを感じます。思わず手を合わせ、神に感謝。勉強したばかりの五観の偈(ごかんのげ)を口ずさんでしまいました。
「ひとつには功の多少を計り、彼の来処を量る」
この一椀の食物は、たとえ一粒のお米、一茎の葉といえども、それが耕作され、種を蒔かれて……と限りない人々の手を経て、いま自分に与えられていることを思えば、感謝せずにはいられませんね。
観月会の御献立
素晴らしい夕食の余韻にひたりながら、吉田山荘のお庭に作られた舞台の上で、吉田山荘の観月会を楽しむひととき。玲月流初代・篠笛奏者、森田玲と助演の森田香織笛師による篠笛の七曲を拝聴いたしました。序の曲に始まってカミあそび、月、うさぎ、至宝の景色、獅子舞囃子、最後は秋の音、篠笛の曲が闇の静寂を破り、照る満月の光と合体して自然界のリズムと化して聴く人々の五体を浄めてくれます。
闇と蝋燭と月あかり、吉田山荘ならではの体験。こういう歴史の薫りに満ち溢れた宿に泊まると、本当に沢山のことが学べます。この日も、京都ならではの体験の数々に、深い充足を覚えました。
2日目の宿は、京都ブライトンホテル。女性総支配人のもとでにこやかにキビキビと働くスタッフの皆さんは、相手をおもんばかるサービス精神に満ちあふれていて、とても気持ちよく過ごすことができます。部屋の中でも、レストランでも、ロビー階にあるトイレでさえ、嘘偽りのない「本物のサービス」を提供してくれます。吉田山荘と同様に、「最高とは何か」「真実とは何か」を体験できる宿泊施設と言えると思います。
この日も、GMの林恵子さんの考える「ホテル物語」を一時間ほど拝聴しました。お話を受けて周囲を見渡すと、彼女の意をくんで動くスタッフ一人ひとりが一流劇場の役者のように見えます。ふだんからよく利用するホテルですが、この日も「京都基準」に感動させられた次第です。
さて、今回は、「京都ならでは」を学ぶ旅。そこで、京都で最も深い歴史をもつ神社であり、古都京都の文化財のひとつとして世界文化遺産にも登録されている上賀茂神社、別名・賀茂別雷神社(カモワケイカヅチ)へと向かいます。山城国一ノ宮として歴代の天皇が行幸、奉弊祈願された神社で、明治時代以降は終戦までは全国でも伊勢神宮に次ぐ官弊大社の筆頭となりました。
上賀茂神社の裏手に聳える神山(コウヤマ)は、301.2mもの高さがあります。したがって、吉田山とは異なり、こちらは「丘」とは言えませんね。山頂からやや南に下ったあたりに、賀茂別雷命降臨の地「降臨石」があります。
賀茂別雷神社の歴史を辿ると、大嘗祭と深い繋がりがある…。今回は、そんな貴重なお話を、何と上賀茂神社第204代 宮司 田中安比呂さんから直々にうかがうことができました。今年の5月1日、天皇御践祚(先帝陛下の御譲位による新天皇御即位)という歴史的な瞬間を目の当たりにしましたね。それは、「令和元年」の始まりの日でもありました。
毎年11月23日、宮中祭祀として新嘗祭が行われています。その年の収穫に感謝を捧げながら翌年の豊作を祈る重要な儀式ですが、大嘗祭とは新天皇御即位後に初めて行われる新嘗祭を指します。つまり、今年は大嘗祭の年となるわけですね。
この日には、重要なものが奉納されます。まず、ひとつはお米です。全国にふたつ、日本の東側である悠紀地方と、西側の主基地方から1か所ずつ、皇室行事の秘儀として選ばれた田んぼで収穫されたもの。なお、選定の方法は、亀の甲羅を焼く「亀卜(キボク)」とか「卜占(ボクジョウ)」という占らしいのですが、定かではありません。亀卜と呼ばれるくらいですから、アオウミガメの甲羅を使うのでしょうか。
そして、お米とともに奉納されるのが、「白き酒」と「黒き酒」です。使うお米の産地を決める「斎田点定(さいでんてんてい)の儀」は今年5月13日に行われ、悠紀国は栃木県、主基国は京都府に決まりました。ニュースなどでご覧になった方も多いかもしれませんね。
栃木県では、後に高根沢町大谷にある1,227㎡の水田と、耕作者の「大田主」として同所の石塚毅男さん(55)が選ばれました。使用するお米の品種は、「とちぎの星」です。記者会見では、「私だけでなく、高根沢でお米を作っている農家は誇りに思っていると思う」と喜びを語ったそうです。「責任の重さ身の引き締まる思い」「不安だらけだが、精一杯頑張りたい」とも。頑張れ石塚さん、とエールを送りたいです。
一方、主基斎田の京都府では、南丹市八木町の中川久夫さん(75)が大田主に。献上されるお米の品種は、「キヌヒカリ」です。上賀茂神社の田中宮司によると、かつては東京・浅草の酒造人が上賀茂神社にて「白き酒」「黒き酒」を造っておられたとか。そんなワクワクするお話をたっぷりと拝聴し、あっという間に時間が過ぎてしまいました。
上賀茂神社の本殿では、毎年秋に仁木ヒルズワイナリーの豊穣の儀式が催されていますので、ワイン好きにとってはお馴染みの舞台でもあります。我が国の歴史に新たな1ページが書き加えられる、今年の大嘗祭。11月14日〜15日がますます待ち遠しくなる京都旅行となりました。
著者:熱田貴(あつたたかし)
経歴:昭和13年7月7日、千葉県佐原市に生まれる。外国にあこがれ(株)日之出汽船に勤務し、昭和38年まで客室乗務員として南米、北米を回りワインに出会う。39年にホテルニューオータニ料飲部に。44年~47年までフランス・ボルドー、ドイツ・ベルンカステル、オーストリア・ウィーン、イギリス・エジンバラにてワイナリー、スコッチウィスキー研修。48年ホテルニューオータニ料飲部に復職。平成3年に東京麹町にワインレストラン「東京グリンツィング」を開業。平成9年に日本ソムリエ協会会長に就任。「シュバリエ・ド・タストヴァン」「コマンドリー・デュ・ボンタン・ドゥ・メドック・エ・デ・グラーヴ」「ドイツワイン・ソムリエ名誉賞」など海外の名誉ある賞を数々受賞。その後も数々の賞を受賞し、平成18年に厚生労働省より「現代の名工」を受賞、平成22年度秋の褒賞で「黄綬褒章」を受賞。現在は一般社団法人日本ソムリエ協会名誉顧問、NIKI Hillsヴィレッジ監査役などを務めている。
★ワイン航海日誌バックナンバー
【1】もう1人いた「ワインの父」
【2】マイグラスを持って原産地に出かけよう
【3】初めてワインに遭遇した頃の想い出
【4】冬の楽しみ・グリューワインをご存知ですか?
【5】仁木ヒルズワイナリーを訪ねる
【6】酒の愉しみを詠んだ歌人の歩みを真似てみる。
【7】シャンパーニュ地方への旅
【8】エルミタージュの魔術師との出逢い
【9】ワインと光
【10】ワインから生まれた名言たち
【11】ワイン閣下との上手な付き合い方
【12】学問的・科学的とは言えない、でも楽しいワインの知識
【13】ホイリゲでプロースト!旅の途中・グリンツィング村の想い出
【14】幕臣・山岡鉄舟は、果たして酒には強かったのか
【15】ワイン、日本酒、そしてお茶。それぞれの魅力、それぞれの旅路。
【16】北の大地「北加伊道」に想いを馳せて
【17】高貴なるワインだけを愉しみたいなら、洞窟のご用意を
【18】楽しむことが大事なれど、楽しみ方は人それぞれに。
【19】よいワインが育つゆりかご、「蔵」について
【20】あれから60年、まだまだ続く「ワインの旅」
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2024年10月25日 発行
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