2018年5月24日
いきなり年齢の話で恐縮ですが、私は、まもなく齢80を越えようとしております。したがって、ワインを我が唇に触れてから、かれこれ60年近くが経つ計算になります。
ここまで長い付き合いともなりますと、自然といろいろな事柄を経験するものです。1956年から続けていた南米航路の船舶乗組員としての7年間の生活に別れを告げましたが、その後、ご縁あって「ホテルニューオータニ」が新しいステージとなりました。1964年の東京五輪に合わせて造られたと言っても過言ではない、当時の超高層ビルですね。私は、ニューオータニの第一期生として、オープン前から働かせていただきました。
最初の職場は、17階にあった「ブルースカイラウンジ」です。フロアが1時間に1回転するパノラマビューの中でカクテルを楽しめるレボルビング・レストランとして有名でしたね。いくつかのレストランでの勤務を経験する中で、再び日本の外側も見たくなった私は会社に休職を願い出て、欧州へワイン修行の旅に出かけました。
旅立つ日、懐にあったのは、わずか500米ドル。いま考えると、無鉄砲でしたね。オーストリアやドイツでしばらく道草をしながら、いざフランスへ。
秋が訪れ、葡萄の収穫の頃になると、私はサンテミリオン(ボルドーのワイン産地)の風景を想い出します。1960年代の終盤から数年間をこの村で過ごす中で、私はソムリエとしての役割を悟りました。
厳しい自然と戦いながら、葡萄づくり一筋に生きるヴイニョロン(葡萄栽培とワイン生産を行う人々)の皆さんの苦労を知り、叡智と情熱のもとに造られた彼らのワインとその素晴らしい文化について、より多くの人々へと伝える。これこそが、私たちソムリエに課された使命である。そう気付いてから40数年が過ぎ去りましたが、想いはいまも変わりません。
この村では、初歩的なワイングラスの持ち方から始まって、ボルドー大学でも教わることのできない葡萄栽培のテクニックなど、数え切れないほどの知識と技術を与えてくれました。その一方で、ワインと真っ正面から向き合う正統的な話とは正反対のことについても、たくさん伝授されたのです。
というわけで、前置きが長くなりました。今回のテーマは、こちらです。「学問的・科学的とは言えない、でも楽しいワインの知識」のお話。
私はいろいろなシャトーでお世話になりましたが、その代表的なもののひとつがchateau de lescoursです。「de」が付きますから伯爵家ですが、城主であり、私のワインの師でもあったピイール・シャリオール伯爵は、本当に気さくな方でした。
このシャトーのワインは日本でも飲めますが、場所はホテルニューオータニグループのレストランで限定販売されています。私がニューオータニに在社中、当時の大谷米一社長の「ハウスワインではなく、ホテルワインをつくりたい」と意向に合わせてお勧めしたワインがピイール氏のワインで、現在もご利用いただいているわけです。
さて、彼のシャトーで働き始めた頃、私はさっそく「勉強する前に、まずワインをたくさん飲みなさい」との指導を受けました。夜は街のレストランやBarへ、昼間は各シャトーへ。「日本からワインの勉強にやってきたジミーだ」という自己紹介がてら試飲するような毎日が始まります。ホテル・ドゥ・ビレ(町役場)では、よく生産者の会議に連れて行かれました。会議は真剣そのもので、常にケンケンガクガクなのですが、お開きとなれば、また店を訪ねてはテイスティングにつぐテイスティングです。
ちょっといかがわしい店に入った時のこと。ワインが不味いと不満を述べる仲間から「お前もやれ」と教わったのが、ミネラルウォーターを使っての「水割り」でした。ワインを水で割るなんて…とクラッと来るかもしれませんが、ワイン辞典で有名なLarousse des Vinsを開くと、最初のページにアボンダンス(abondanse=ワインを水で割って飲む)という文字を容易に見つけ出すことができます。ラルースワイン辞典にちゃんと出ているのですから「安心」ですが、くれぐれも名のないワインでお試しくださいませ。
ついでに、もうひとつ。シャブロ(chabrot)またはシャブロール(chabrol)と呼ばれるワインの飲み方をご存知でしょうか。これは昔、サンテミリオンをはじめとするフランス南部の地方で、特に野菜や豆類のスープをいただいた後は、お皿の中に赤ワインを注ぎ入れて飲むのが必須とされていたことに由来します。
いまもアキテーヌ地方のレストランを訪ねるとPotage au chablotといったメニューを発見できますが、田舎のレストランでは、かなり塩味の強いスープなどと遭遇することがあります。そんな時、フランスの友人たちは、飲んでいる赤ワインを少しスープの中に注ぐのです。すると、なんともマイルドで美味しいスープに早替わりするのですね。それはもう素晴らしい味わいなのですが、注意点がひとつ。料理人に見つからないよう、スマートかつエレガントに注ぐことです。
アルザス地方やドイツの寒い国では、ワインをお燗する方法もあります。Gliih weinは、風邪の時には「最適な」ワインの飲み方と言えるかもしれませんね。
このように、まったく正統的とは言えませんが、とても美味しい、あるいは健康管理に適したワインの楽しみ方は、実はたくさんあります。皆様も、ワインをいろいろな方法でお楽しみになりませんか?
「一樽のワインが、聖人だらけの教会よりも、はるかに多くの奇跡をもたらす」
「なぜなら、ワインは知好楽の楽である。楽しくなけりゃワインじゃない」
著者:熱田貴(あつたたかし)
経歴:昭和13年7月7日、千葉県佐原市に生まれる。外国にあこがれ(株)日之出汽船に勤務し、昭和38年まで客室乗務員として南米、北米を回りワインに出会う。39年にホテルニューオータニ料飲部に。44年~47年までフランス・ボルドー、ドイツ・ベルンカステル、オーストリア・ウィーン、イギリス・エジンバラにてワイナリー、スコッチウィスキー研修。48年ホテルニューオータニ料飲部に復職。平成3年に東京麹町にワインレストラン「東京グリンツィング」を開業。平成9年に日本ソムリエ協会会長に就任。「シュバリエ・ド・タストヴァン」「コマンドリー・デュ・ボンタン・ドゥ・メドック・エ・デ・グラーヴ」「ドイツワイン・ソムリエ名誉賞」など海外の名誉ある賞を数々受賞。その後も数々の賞を受賞し、平成18年に厚生労働省より「現代の名工」を受賞、平成22年度秋の褒賞で「黄綬褒章」を受賞。現在は一般社団法人日本ソムリエ協会名誉顧問、NIKI Hillsヴィレッジ監査役などを務めている。
★ワイン航海日誌バックナンバー
【1】もう1人いた「ワインの父」
【2】マイグラスを持って原産地に出かけよう
【3】初めてワインに遭遇した頃の想い出
【4】冬の楽しみ・グリューワインをご存知ですか?
【5】仁木ヒルズワイナリーを訪ねる
【6】酒の愉しみを詠んだ歌人の歩みを真似てみる。
【7】シャンパーニュ地方への旅
【8】エルミタージュの魔術師との出逢い
【9】ワインと光
【10】ワインから生まれた名言たち
【11】ワイン閣下との上手な付き合い方
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2024年10月25日 発行
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