2025年3月7日
( ワイン閣下に魅せられて )
フランスでは、偉大なるワインに敬意を表して「Monseigneur Du Vin」と呼びます。
その「ワイン閣下」には60数年も前からお世話になっているのに、
私が何故にワインの虜になったのか、自分でもよく理解できていません。
聖サンマルタン様{イエスキリストの一番弟子と呼ばれる農業の神様}が神の世界から私に伝導されたのでしょうか?
それとも、もしかしたら、もしかしたらですよ?
テーブルの向こう側で一緒にワイングラスを傾けている御婦人の瞳の輝きの美しさが
きっかけだったのかも。若かったなあ、あれから60数年か!
現在は86歳を超えましたが、私は今も
グラスの中で揺れるこの赤い色彩に魂を奪われ続けています。
あれから年輪を重ねましたので、心持ちはさすがにあの当時とは違います。
この瞬間なら、目の前の素敵なスタンドに灯るキャンドルの炎のせいかも。
光と闇が繰り広げる不思議な世界、ぜひ一度お試しになってはいかがでしょうか。
周囲に溢れる光の中にはたくさんの色が存在しますが、
ワイングラスに注がれた液体の表情の豊かさは、言葉に表現できません。
たとえば、お天気のよい日に奥様とお庭に出て、
燦々と降り注ぐ陽光の中でワインを愛でてみれば、その美しさが分かります。
あるいは、お月様がきれいに輝く夜なら、
その美に抗えず、思わずロマンティックな言葉が口を衝いて出たり。
真っ白なテーブルクロス、素敵なキャンドルスタンドに灯る光、
小さな炎を映して揺らぐ奥様の瞼の眼差し。
そして、あなたはきっと再発見するのです。
グラスの向こうに揺れる、かつてあなた自身が奥様に魅せられた理由を。
( 遠い昔の一夜を思い出します… )
光と闇で作られる空間は、私たちを色彩学の深みへと誘います。
かつてアメリカ車は黒一色の時代がありました。
全盛期のフォード然り、そしてゼネラルモーターズ(以下GM)も然り。
アメリカ大不況の時代でした。
ある時、GMの会長さんが新入社員を一堂に集め、こう尋ねました。
「わが社はどうすればフォードに勝てるのか!」
33人の新入社員のほとんどは、ベテラン社員と似たような意見を述べましたが
いかにも眠そうで、もっそりとした最後の一人が、こう言い放ったそうです。
「車に色を付けましょう」
驚いた会長は「君、今なんと言ったのかね?」と聞き返します。
「会長! わが社の車に色を付けましょうよ!」
その後、GMの車は一挙にライバルを追い越し、一時代を築きます。
同時に、黒一色の時代からカラフルな車の時代へと移行。
以後、色彩を制する人はトップを制すると言われるようになった
…との逸話なのですが、なるほど、周囲を見渡してみれば右も左も色の世界ですね。
もちろん、偉大なる自然の風景も。
そんな色彩界のトップのお方は、こう仰います。
色彩は、気持ちを明るく華やがせて、健康の維持にも役立つかもしれません。
ご自分を上手に表現したり、仕事に活かせたり、
コミュニケーションも円滑にしてくれる道具にもなり得ます、と。
言われてみれば、相対的に画家の方は長生きの人が多いような気もします。
元気に長生きできるなら、私も絵を描いてみようかしら。
( 源氏物語の空想… )
そんなことを考えつつ、グラスの中の液体に目を戻してみると。
このワインは、赤ワインだから赤い色彩なんでしょうかね?
そう言えば、赤いリンゴはなぜ赤いのでしょうか。
…あまり難しく考えないのがよいかしら。
では、色から想像の翼を広げて、別のお話を。
日本のたばこには「ピース」という商品がありますが、
そのパッケージデザインを手がけたレイモンド・ローウィ氏をご存じですか?
1893年にパリで生まれた彼は、残念ながら一冊も著書を残していないのですが、
その素晴らしいデザインの数々は今も人々の記憶に強く焼き付いています。
同じたばこの「ラッキーストライク」やクラッカー「RITZ」のロゴマーク、
まさに「口紅から機関車まで」の言葉通り。
( 今も受け継がれるレイモンド・ローウィ氏の世界 )
この写真を見ただけで、色とデザインの大切さが伝わってきますよね。
色と言えば、少し前に日本のとある街で
「黒い色の温泉」が湧き出して、観光誘致で大いに功を奏したそうです。
しばらくすると、湯にあやかって街の風景も黒一色に。
メイン通りの道路や壁の色も黒く塗られたのだとか。
ところが、歳月とともに温泉の色に変化が生じます。
黒色から無色透明になったのですが、商店街は変わらず黒色通り。
これが赤や青ならまた違ったのでしょうが、
考えてみれば黒色はなかなか扱いが難しいカラーですね。
愛車のボディならシックに映えても、お相撲さんの世界では「敗け」ですし。
( いつ訪れても強烈な色彩です )
紺碧の地中海に浮かぶギリシャのサントリニ島に何度か旅したことがありますが、
明るい空、透き通る海、真っ白な建物が織り成す風景にはいつも圧倒されます。
この島の強烈な色彩は、旅人の魂までも癒してくれます。
いつも「また来たい」という思いに包まれては、帰国後は誰かに話したくなるのです。
美しい色彩は、時に幸せを運んでくれるのですね。
ならば、街づくりや店づくりに色彩学や距離学を活かしてみるのも一手かも?
テーブルやカウンターの違いでお店がもっと繁盛する可能性があるとすれば、
学んでみる価値があるのでは?
( 三重県内で見つけた遊びゴコロです )
上の写真は、三重県のとある場所で撮影した屋台の八百屋さん(でしょうか)。
奇妙な看板ですが、これが売上に貢献したのであれば、デザインの勝利ですよね。
SNSの現代は、うまくバズれば全国からお客さんが集まるチャンスに恵まれるかも。
そんなことを考えていると、ワイン仲間からメールが届きました。
「わが家のカーテンの色を替えたら、ワインや食べ物のお味が変わったよ」
そう、色の力は偉大なのです。
著者:熱田貴(あつたたかし)
経歴:昭和13年7月7日、千葉県佐原市に生まれる。外国にあこがれ(株)日之出汽船に勤務し、昭和38年まで客室乗務員として南米、北米を回りワインに出会う。39年にホテルニューオータニ料飲部に。44年~47年までフランス・ボルドー、ドイツ・ベルンカステル、オーストリア・ウィーン、イギリス・エジンバラにてワイナリー、スコッチウィスキー研修。48年ホテルニューオータニ料飲部に復職。平成3年に東京麹町にワインレストラン「東京グリンツィング」を開業。平成9年に日本ソムリエ協会会長に就任。「シュバリエ・ド・タストヴァン」「コマンドリー・デュ・ボンタン・ドゥ・メドック・エ・デ・グラーヴ」「ドイツワイン・ソムリエ名誉賞」など海外の名誉ある賞を数々受賞。その後も数々の賞を受賞し、平成18年に厚生労働省より「現代の名工」を受賞、平成22年度秋の褒賞で「黄綬褒章」を受賞。現在は一般社団法人日本ソムリエ協会名誉顧問、NIKI Hillsヴィレッジ監査役などを務めている。
★ワイン航海日誌バックナンバー
【1】もう1人いた「ワインの父」
【2】マイグラスを持って原産地に出かけよう
【3】初めてワインに遭遇した頃の想い出
【4】冬の楽しみ・グリューワインをご存知ですか?
【5】仁木ヒルズワイナリーを訪ねる
【6】酒の愉しみを詠んだ歌人の歩みを真似てみる。
【7】シャンパーニュ地方への旅
【8】エルミタージュの魔術師との出逢い
【9】ワインと光
【10】ワインから生まれた名言たち
【11】ワイン閣下との上手な付き合い方
【12】学問的・科学的とは言えない、でも楽しいワインの知識
【13】ホイリゲでプロースト!旅の途中・グリンツィング村の想い出
【14】幕臣・山岡鉄舟は、果たして酒には強かったのか
【15】ワイン、日本酒、そしてお茶。それぞれの魅力、それぞれの旅路。
【16】北の大地「北加伊道」に想いを馳せて
【17】高貴なるワインだけを愉しみたいなら、洞窟のご用意を
【18】楽しむことが大事なれど、楽しみ方は人それぞれに。
【19】よいワインが育つゆりかご、「蔵」について
【20】あれから60年、まだまだ続く「ワインの旅」
【21】片道450㎞、愛車を飛ばして出逢った「奇跡」
【22】もし『雪国』ではなく、函南だったなら…静岡県への小旅行
【23】「沙漠に緑を!」 遠山正瑛先生を偲び、山梨・富士吉田市へ
【24】一杯のワインが人生を変えた…愛知県幡豆郡一色村、とある男の物語
【25】力士たちの仕草に「心」が揺れて
【26】大嘗祭を控える秋。美しいお月様に見守られ、京都を訪ねる
【27】大嘗祭を終えた今こそ、悠久の歴史の渦へ
【28】冬の阿寒、美しく凍える森の中を歩いた6時間
【29】マキシムを栄光へと導いた「私たちのアルベール
【30】車内アナウンスに身体が反応!?長野県茅野市への旅
【31】千年の京都にはどんな”風の色”が吹くのでしょうか
【32】外出自粛の春に想う、奥の細道、水の旅
【33】緊急事態宣言解除で思い出す旅の楽しさ、素晴らしさ
【34】フランソワ一世の生誕地「コニャック」を訪ねて
【35】軍神とその妻、人生の最後に寄り添ったワイン
【36】ドイツ・ミュンヘンの名物イベントに想いをはせて
【37】伊豆、とある館にひそむ物語
【38】旅は人生そのもの、柔道とワインの達人との一期一会
【39】初めての出会いから60年余。いまこそ、贈りたい言葉
【40】「運命」を感じに、部屋の中から壮大な旅を
【41】雪の向こうに見えるもの。川上善兵衛に、改めて敬意を。
【42】散切り頭を叩いてみれば…明治は遠くなりにけり
【43】風の道、森の恵み…ワイン造りに大切なもの。
【44】風は淡い緑色…茶の安らぎを求めて静岡県島田市へ
【45】なくても生きてはいけるが、なくては人生じゃない。
【46】北海道・仁木町の雪は、葡萄とヴィニュロンの心強い味方。
【47】偉人たちが贈った賛辞とともに、ワインを愛でるひととき。
【48】木は日本の心、櫛は心を梳かす…秋が深まる中山道の旅。
【49】千年後に想いを馳せて、イクアンロー!北海道・阿寒のワイン会。
【50】葡萄が「えび」と呼ばれた時代を偲んで…「本草学」のススメ。
【51】カスタムナイフの巨匠は、なぜ「栓抜き」を手がけたのか。
【52】夢の中に御出現! 摩訶不思議な鳥居をめぐる京の旅
【53】明言、金言、至言…先人の御言葉とともに味わう春のワイン
【54】日本の酒文化のルーツは?古の縄文時代を目指す想像の旅
【55】一杯のワインとテディベアが、世界平和に役立ちますように
【56】チリで、フランスで、北海道で。出逢いに導かれた84年。
【57】神話の里、日本一の庭園を擁する美術館への旅。
【58】ワインを愛でる前にそっと心の中で「五観の偈」を思い出してみる
【59】毎年恒例の「北の大地」への旅、今年も学ぶこと多し
【60】一人の女性画家の世界観を訪ねて、春近き箱根路の旅。
【61】大都会の静寂の中で思うこと。
【62】1960年代、旅の途中で出会った名言たち
【63】北海道・常呂で出会った縄文土器、注がれていたのは?
【64】ワイン好きならぜひ一度、北海道・仁木町のワイナリーへ
【65】もう二度と出逢えないパリのワイン蔵
【66】訊いて、訊かれて、60年余。「ワインって何?」
【67】もう少し彷徨いましょう。「ワインとは何か?」
【68】雪の山形、鷹山公の教えに酔う
【69】ワインの故郷の歴史と土壌、造り手の想いを知る歓び
【70】葡萄とワインにもきっと通じる?「言葉」の力、大切さ。
【71】いまこそ考えてみたいこと。「美味しい」とは?「御食」とは?
【72】ワインの世界の一期一會
【73】ワインとお塩の素敵な関係
【74】3日間、4年弱。わずかな時間が一生忘れられなくなる、それが旅
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2025年02月28日 発行
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