2024年10月16日
ワインとは、何とも摩訶不思議な飲み物である。
ワインに魅せられて、はや66年もの歳月が流れた。名将ナポレオンは『シャンパーニュは戦いに勝った時には飲む価値があり、戦いに負けた時には飲む必要がある』と、文豪ゲーテは『つまらないワインを飲むには、人生はあまりにも短すぎる』と、その液体が持つ抗いがたい引力を表現する。ゲーテが愛したワインはラインガウか、それともラインヘッセンか。
なぜヘミングウエイはシャンパーニュをこよなく愛したのだろう。ワインの父と呼ばれたルイ・パスツールの言によれば、『一杯のワインの中には億万の書物よりも多くの哲学が含まれている』のだそうだ。『私がシャンパーニュを飲むのには二つの時だけ、恋をしている時と、してない時』とは、いかにもココ・シャネルらしいではないか。
( 赤ワインを一杯)
…とまあ、そんなわけで、あなたならどんな言葉でワインを語りますか?もしも、もしもですよ?世界中の沙漠がぶどう畑に変わったなら、世界はどうなるでしょうか。私は、若い頃から「世界平和が実現する」と信じ切っていました。あなたはどう思われますか?
話は変わりますが、あなたは誰かとお店でワインを愛でる時に、グラスとご自身の周囲に言いようのない「何か」を感じたことはありませんか?
ワインの味わいを際立てるものと言えば、まずは料理とのマッチングですね。でも、他にもいろいろとあるのです。たとえば、お店のスタッフの心地良い応対で、最高な気分に包まれた経験がおありでは? あるいは、室内で流れている美しく優雅な音楽はどうでしょう。数多の作品から厳選し、画家の魂の120%を引き出すよう光と影の入り方に気を配りながら額装された絵も、何かを発散していますよね。
女流画家・安藤純の作品
食卓に準備されているお塩の銘柄は?キャンドルスタンドのタイプは大丈夫ですか?もちろん、蝋燭の炎も気になるところですね。そのキャンドルのスタンドは、卓の向こうに座しているご婦人の魅力を、あなたの目にしっかり伝えていますか?
私の場合は、トイレ学に感銘を受けました。レストランでは極めて重要な役割を果たしていることを理解できたのは、つい最近のことです。ということで、そのお店のトイレは、グランヴァン(偉大なワイン)を楽しみたくなるくらいの清潔感を湛えていますか?
レストランの設備と言えば、そのお店は立派なワイン蔵を完備してしますか?手入れの行き届いた蔵は、最高のワイン美術館。食事の前にミュージアム見学のひとときがあれば、それはワインを味わう上での最高の演出になり得ます。そうなると、しばしソムリエとなる前に、あなたは一人の偉大な芸術家であるべきなのかもしれませんね。
私に人生と芸術の関係を教えてくださったのは、PL教団の2代目教祖様のお嬢様にあたる御木白日(みき・しらひ)様でした。 『人生は、芸術だ』。けだし名言、人生は何事も楽しくあるべきだと思います。
では、芸術とは何でしょう。その基礎の基礎を知りたくて、とある芸術家のカバン持ちをした経験があります。先生から学んだことを活かし、まずは沢山の作品を見ることから始めましたが、1年ほどが経過しても確かな答は見つかりません。ひとつだけ、「自分を信じること」の素晴らしさが少し、ほんのすこ〜しだけ分かったような。
最近は、絵画にも頗る詳しい90代の女流建築デザイナーの御方様からも御指導いただき、新しい学びを楽しむ日々を過ごしています。詩歌の世界も楽しみなさい、というアドバイスを受け、詩を書くことも始めました。まずは日本人として親しんできたはずの百人一首を改めて学ぼうと頑張っています。
またまた話は変わりますが、先日、ある御方様のご紹介で「伯方の塩」こと、伯方塩業の東京出張所の松本幸三所長との会食の機会に恵まれました。その際に頂戴した「藻塩」と名付けられたお塩を味見させていただくと、あまりの素晴らしさに感動するとともに、学んだばかりの百人一首が脳裏に浮かびました。
『来ぬ人を 松帆の浦の 夕凪に 焼くや藻塩の 身も焦がれつつ』
と、定家の一首を自然に口ずさみ。そのまま興奮気味に「松本さん、凄いじゃないですか。百人一首の名歌にも【藻塩】の文字が織り込まれているんですよ」とまくし立ててしまいました。松本さんはとても喜んでおられましたが、この時空を超えた素晴らしい邂逅も学ばなければ気付きませんでした。
されど塩、「藻塩」
塩の力って、想像以上に凄いんですよね。最近は自然災害が頻発しているだけに、あなたも玄関口の避難用バッグの中に4〜5本の水を準備されていると思います。人間は水があれば一週間は生きられるとよく耳にしますが、プラスして塩を用意しておけば、さらに一週間ほど生命を保つことができるのだとか。
普段の生活では「塩分の摂り過ぎは云々」といった無粋な話題ばかりですが、さすがは生命の源。いざという時は、やはり頼りになるわけですね。
塩の旧字 中国や韓国では使われている
そんなわけで、今回は愛媛県は松山空港まで飛び、大三島の伯方塩業にお邪魔することに。東京からはかなりの距離がありますが、ええいままよ、と機上の人になりました。何しろ、塩の加減で料理の味がグッと締まってワインが一段と美味くなるのですから、知らないままでいるわけには参りません。
これは一度、学術的に学んでみる必要がありそうだ…と感じるほど摩訶不思議で面白い世界。いろいろと学ばせていただいた同社の皆様に、この場をお借りして感謝を申し上げます。
塩の結晶
塩と言えば、実は赤ワインとも深い関係にあります。各家庭で毎日嗜む名もなき廉価なワインでも、料理次第で一瞬で美味なる一本に変身することは、フランスでのワインの修業で学びました。料理の腕を上げればワインの格も上がる、その現象を探ると塩の使い方に突き当たります。人の生命を守る一方、料理を通じてワインの味わいも倍加させるとは、本当に不思議な力ですよね。まるで粋を理解しているかのようなこの振る舞い、ひょっとしたら花鳥風月の世界も絶妙なる「人生の塩加減」で成り立っていたりして。
でも、やはり最後はこの一言ですよね。お互いに気をつけたいものです。
「塩分の摂り過ぎにお気つけください」
著者:熱田貴(あつたたかし)
経歴:昭和13年7月7日、千葉県佐原市に生まれる。外国にあこがれ(株)日之出汽船に勤務し、昭和38年まで客室乗務員として南米、北米を回りワインに出会う。39年にホテルニューオータニ料飲部に。44年~47年までフランス・ボルドー、ドイツ・ベルンカステル、オーストリア・ウィーン、イギリス・エジンバラにてワイナリー、スコッチウィスキー研修。48年ホテルニューオータニ料飲部に復職。平成3年に東京麹町にワインレストラン「東京グリンツィング」を開業。平成9年に日本ソムリエ協会会長に就任。「シュバリエ・ド・タストヴァン」「コマンドリー・デュ・ボンタン・ドゥ・メドック・エ・デ・グラーヴ」「ドイツワイン・ソムリエ名誉賞」など海外の名誉ある賞を数々受賞。その後も数々の賞を受賞し、平成18年に厚生労働省より「現代の名工」を受賞、平成22年度秋の褒賞で「黄綬褒章」を受賞。現在は一般社団法人日本ソムリエ協会名誉顧問、NIKI Hillsヴィレッジ監査役などを務めている。
★ワイン航海日誌バックナンバー
【1】もう1人いた「ワインの父」
【2】マイグラスを持って原産地に出かけよう
【3】初めてワインに遭遇した頃の想い出
【4】冬の楽しみ・グリューワインをご存知ですか?
【5】仁木ヒルズワイナリーを訪ねる
【6】酒の愉しみを詠んだ歌人の歩みを真似てみる。
【7】シャンパーニュ地方への旅
【8】エルミタージュの魔術師との出逢い
【9】ワインと光
【10】ワインから生まれた名言たち
【11】ワイン閣下との上手な付き合い方
【12】学問的・科学的とは言えない、でも楽しいワインの知識
【13】ホイリゲでプロースト!旅の途中・グリンツィング村の想い出
【14】幕臣・山岡鉄舟は、果たして酒には強かったのか
【15】ワイン、日本酒、そしてお茶。それぞれの魅力、それぞれの旅路。
【16】北の大地「北加伊道」に想いを馳せて
【17】高貴なるワインだけを愉しみたいなら、洞窟のご用意を
【18】楽しむことが大事なれど、楽しみ方は人それぞれに。
【19】よいワインが育つゆりかご、「蔵」について
【20】あれから60年、まだまだ続く「ワインの旅」
【21】片道450㎞、愛車を飛ばして出逢った「奇跡」
【22】もし『雪国』ではなく、函南だったなら…静岡県への小旅行
【23】「沙漠に緑を!」 遠山正瑛先生を偲び、山梨・富士吉田市へ
【24】一杯のワインが人生を変えた…愛知県幡豆郡一色村、とある男の物語
【25】力士たちの仕草に「心」が揺れて
【26】大嘗祭を控える秋。美しいお月様に見守られ、京都を訪ねる
【27】大嘗祭を終えた今こそ、悠久の歴史の渦へ
【28】冬の阿寒、美しく凍える森の中を歩いた6時間
【29】マキシムを栄光へと導いた「私たちのアルベール
【30】車内アナウンスに身体が反応!?長野県茅野市への旅
【31】千年の京都にはどんな”風の色”が吹くのでしょうか
【32】外出自粛の春に想う、奥の細道、水の旅
【33】緊急事態宣言解除で思い出す旅の楽しさ、素晴らしさ
【34】フランソワ一世の生誕地「コニャック」を訪ねて
【35】軍神とその妻、人生の最後に寄り添ったワイン
【36】ドイツ・ミュンヘンの名物イベントに想いをはせて
【37】伊豆、とある館にひそむ物語
【38】旅は人生そのもの、柔道とワインの達人との一期一会
【39】初めての出会いから60年余。いまこそ、贈りたい言葉
【40】「運命」を感じに、部屋の中から壮大な旅を
【41】雪の向こうに見えるもの。川上善兵衛に、改めて敬意を。
【42】散切り頭を叩いてみれば…明治は遠くなりにけり
【43】風の道、森の恵み…ワイン造りに大切なもの。
【44】風は淡い緑色…茶の安らぎを求めて静岡県島田市へ
【45】なくても生きてはいけるが、なくては人生じゃない。
【46】北海道・仁木町の雪は、葡萄とヴィニュロンの心強い味方。
【47】偉人たちが贈った賛辞とともに、ワインを愛でるひととき。
【48】木は日本の心、櫛は心を梳かす…秋が深まる中山道の旅。
【49】千年後に想いを馳せて、イクアンロー!北海道・阿寒のワイン会。
【50】葡萄が「えび」と呼ばれた時代を偲んで…「本草学」のススメ。
【51】カスタムナイフの巨匠は、なぜ「栓抜き」を手がけたのか。
【52】夢の中に御出現! 摩訶不思議な鳥居をめぐる京の旅
【53】明言、金言、至言…先人の御言葉とともに味わう春のワイン
【54】日本の酒文化のルーツは?古の縄文時代を目指す想像の旅
【55】一杯のワインとテディベアが、世界平和に役立ちますように
【56】チリで、フランスで、北海道で。出逢いに導かれた84年。
【57】神話の里、日本一の庭園を擁する美術館への旅。
【58】ワインを愛でる前にそっと心の中で「五観の偈」を思い出してみる
【59】毎年恒例の「北の大地」への旅、今年も学ぶこと多し
【60】一人の女性画家の世界観を訪ねて、春近き箱根路の旅。
【61】大都会の静寂の中で思うこと。
【62】1960年代、旅の途中で出会った名言たち
【63】北海道・常呂で出会った縄文土器、注がれていたのは?
【64】ワイン好きならぜひ一度、北海道・仁木町のワイナリーへ
【65】もう二度と出逢えないパリのワイン蔵
【66】訊いて、訊かれて、60年余。「ワインって何?」
【67】もう少し彷徨いましょう。「ワインとは何か?」
【68】雪の山形、鷹山公の教えに酔う
【69】ワインの故郷の歴史と土壌、造り手の想いを知る歓び
【70】葡萄とワインにもきっと通じる?「言葉」の力、大切さ。
【71】いまこそ考えてみたいこと。「美味しい」とは?「御食」とは?
【72】ワインの世界の一期一會
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2024年10月25日 発行
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