2023年2月28日
寒さ苦手な私ですが、冬の季節になると取り憑かれたように北の大地を旅したくなります。いつの頃からか、北海道のことをごく自然に(でっ海道)と呼ぶようになりました。私は、その(でっ海道)が大好きです。
毎年、この季節は阿寒を旅して、かれこれ21年になります。
冬の阿寒湖
毎年12月の第一日曜日に、阿寒湖の畔に佇む あかん遊久の里 鶴雅 さんの「ワインの夕べ」にお招きいただいております。ゲストの中には、千葉県や関西、さらには遠く広島からご参加のお方も多数。ワイン好きなグルマンたちは、遠き旅も厭わないのですね。もちろん、私もその一人です。
今回は、フランスのシャンパーニュ地方の有名シャンパン・メーカーjoseph perrierの城主さんも阿寒を訪ねてくださいました。フランスの方と言えば、まるで詩人の如く言葉を操るのがお上手ですよね。
「シャンパンを愛でぬ人は人生を半分しか楽しんでいない」とか、ココ・シャネルの「私がシャンパンを愛でる時は恋をしている時と、恋をしていない時です」とか。フランスを初めて旅した頃の私は、実はシャンパンが好きではなかったのですが、巴里のレストランのマダムからいただいた「シャンパンを愛さないなんて、巴里を半分しか理解できないわよ」とのお言葉に刺激を受け、現在に至るまでシャンパン酒という大海に溺れる人生を楽しんでいます。
というわけで、今宵はシャンパン酒でポンポン! と、阿寒の夜を楽しみましょう。ポンポンとはシャンパーニュ地方のスラングで、乾杯を意味します。一方、氷ついた阿寒湖の彼方では、雄阿寒岳がイランカラプテ!と歓迎してくれています。こちらは「貴方の胸にそっと触れさせてください」という意味のアイヌ語で、旅人を心から歓迎する最大級のオモテナシの言葉です。
足掛け21年も参加させていただくだけの魅力に溢れる阿寒の宿。温泉の魅力や食事も素晴らしいのですが、最大の魅力は、女将さんをはじめとするスタッフの皆さん一人ひとりから伝わってくる真心の籠ったオモテナシの精神だと信じています。
観光王国スイスのローザンヌのホテルスクールは、かつて真のオモテナシをホスピタリティー精神と呼んでいましたが、ある時代からアキュイール(accueillir)という言葉に置き換えられました。鶴雅のオモテナシは、ホスピタリティもむしろアキュイールの精神が宿っているように感じます。この宿では、その精神が24時間、常にフル稼働なのです。
もちろん、ワインについても一級品です。名品揃いであることも嬉しいのですが、何よりも保管が優れています。こちらのホテルでは、昔からオーナーの大西雅之会長が力を入れて大切に扱ってこられました。偉大なる二人の木彫り職人の作品たちとともに、ホテルの象徴でもあります。
藤戸竹喜さんの作品 イランカラプテ像
今年の阿寒の2日間も、まさに心癒される旅となりました。訪れるたびに阿寒を独り占めしているような感覚で、詩人野口雨情の世界にドップリです。
そう言えば、なぜ雨情は阿寒に憧れたのでしょうか。鶴雅の敷地内に、雨情の石碑があります。眺めていると、急に、ソーテルヌの貴腐ワインが飲みたくなったりします。
歌人 野口雨情の碑
(歌人・野口雨情の碑。遠く雄阿寒群れ立つ雲は釧路平野の雨となる。釧路いとしや 夜霧の中に月もおぼろに濡れて出る…と記されている)
ワインとお料理のペアリング、お料理とワインのマリアージュはよく語られますが、飲む環境や年齢、お身体のコンデションも重要かも知れません。遙か遠き異国の地から辿り着いて疲れ切った旅人を見て、教科書に書かれているようなワインを薦めるソムリエはいないと信じます。
さあ、阿寒を後にして、さらなる旅の目的地へ。まずは丹頂鶴で有名な鶴居村に車を飛ばします。季節外れなのか丹頂の群れは少なく、わずか5組ほどの親子たち(?)の姿が。アマチュア・カメラマンの方が数人、寒風の中を撮影しておらました。
ところで、ここでっ海道には、天に続く道 (Road To The Sky)と呼ばれる道路があることをご存知でしようか。道東・斜里町の峰浜から大栄地区まで約18キロの直線ルートで、峰浜の頂上から望むと、あたかも道が天につながっているような錯覚に陥るのです。この日は雪が少し積もっていて、車から降りると外はマイナス4℃。丘の上に立ち、遙かなる彼方への道を眺めていると、地平線の遙か先に輝ける私の未来が待っているかのように感じます。
いかがでしょうか、先の愛称も納得の光景。思ったよりも高低差があり、本当に道の先が空に向かってのぼっているように見えるのは、北海道ならではの大パノラマ・シーンでもあります。
それはまさに天空への道、未来探しの旅。あなたも、この丘に立ってみませんか?もしかしたら、神々とも交信できるかも知れませんよ。
天空への道
車を飛ばして、さらに北へ。映画や歌の舞台としてよく取り上げられる美幌峠や摩周湖も訪ねました。この夜の宿は、中標津町にある 養老牛温泉湯宿 だいいち さん。国立公園に囲まれた秘湯です。
「窓を開ければ 野鳥の森と渓流のせせらぎ…」がキャッチフレーズのこの宿は、宿泊者からの評価がすこぶる高いことでも知られています。こちらも、オモテナシ・温泉・食事と、どれを取ってもマイナスとなるような点は見つかりません。
食事の後で寛いでいると、カメラを担いだ皆さんがロビーに集まってきました。聞くところによると、「山の神様」と呼ばれる島梟(しまふくろう)が集まってくるそうです。
滝口政満翁の作品 島梟
私も、「島梟に出逢うと縁起が良い」と教えられたことがあります。地名の養老牛(ようろううし)はアイヌ語でエオロンと呼び、川の中に突き出た大きな岩を意味します。沢山の野鳥が飛び交い、野生動物が河辺に顔を出す、自然に恵まれた静かな温泉宿。お風呂で出会った旅人は京都から来られた方で、年に一度、自分へのご褒美にと1週間ほど養老牛温泉で時空を忘れて過ごしておられるのだとか。
残念ながら、私は僅か1日だけのエオロン宿の旅ですが、素晴らしい夕食をいただくことができました。朝飯も格別で、できれば次回は一週間くらいゆっくりと滞在してみたいと思いました。
我が人生、旅で始まり旅で終わるのかも。人生は芸術、旅から学ぶこと多し。旅先で愉しむワイン、さらに良し。
著者:熱田貴(あつたたかし)
経歴:昭和13年7月7日、千葉県佐原市に生まれる。外国にあこがれ(株)日之出汽船に勤務し、昭和38年まで客室乗務員として南米、北米を回りワインに出会う。39年にホテルニューオータニ料飲部に。44年~47年までフランス・ボルドー、ドイツ・ベルンカステル、オーストリア・ウィーン、イギリス・エジンバラにてワイナリー、スコッチウィスキー研修。48年ホテルニューオータニ料飲部に復職。平成3年に東京麹町にワインレストラン「東京グリンツィング」を開業。平成9年に日本ソムリエ協会会長に就任。「シュバリエ・ド・タストヴァン」「コマンドリー・デュ・ボンタン・ドゥ・メドック・エ・デ・グラーヴ」「ドイツワイン・ソムリエ名誉賞」など海外の名誉ある賞を数々受賞。その後も数々の賞を受賞し、平成18年に厚生労働省より「現代の名工」を受賞、平成22年度秋の褒賞で「黄綬褒章」を受賞。現在は一般社団法人日本ソムリエ協会名誉顧問、NIKI Hillsヴィレッジ監査役などを務めている。
★ワイン航海日誌バックナンバー
【1】もう1人いた「ワインの父」
【2】マイグラスを持って原産地に出かけよう
【3】初めてワインに遭遇した頃の想い出
【4】冬の楽しみ・グリューワインをご存知ですか?
【5】仁木ヒルズワイナリーを訪ねる
【6】酒の愉しみを詠んだ歌人の歩みを真似てみる。
【7】シャンパーニュ地方への旅
【8】エルミタージュの魔術師との出逢い
【9】ワインと光
【10】ワインから生まれた名言たち
【11】ワイン閣下との上手な付き合い方
【12】学問的・科学的とは言えない、でも楽しいワインの知識
【13】ホイリゲでプロースト!旅の途中・グリンツィング村の想い出
【14】幕臣・山岡鉄舟は、果たして酒には強かったのか
【15】ワイン、日本酒、そしてお茶。それぞれの魅力、それぞれの旅路。
【16】北の大地「北加伊道」に想いを馳せて
【17】高貴なるワインだけを愉しみたいなら、洞窟のご用意を
【18】楽しむことが大事なれど、楽しみ方は人それぞれに。
【19】よいワインが育つゆりかご、「蔵」について
【20】あれから60年、まだまだ続く「ワインの旅」
【21】片道450㎞、愛車を飛ばして出逢った「奇跡」
【22】もし『雪国』ではなく、函南だったなら…静岡県への小旅行
【23】「沙漠に緑を!」 遠山正瑛先生を偲び、山梨・富士吉田市へ
【24】一杯のワインが人生を変えた…愛知県幡豆郡一色村、とある男の物語
【25】力士たちの仕草に「心」が揺れて
【26】大嘗祭を控える秋。美しいお月様に見守られ、京都を訪ねる
【27】大嘗祭を終えた今こそ、悠久の歴史の渦へ
【28】冬の阿寒、美しく凍える森の中を歩いた6時間
【29】マキシムを栄光へと導いた「私たちのアルベール
【30】車内アナウンスに身体が反応!?長野県茅野市への旅
【31】千年の京都にはどんな”風の色”が吹くのでしょうか
【32】外出自粛の春に想う、奥の細道、水の旅
【33】緊急事態宣言解除で思い出す旅の楽しさ、素晴らしさ
【34】フランソワ一世の生誕地「コニャック」を訪ねて
【35】軍神とその妻、人生の最後に寄り添ったワイン
【36】ドイツ・ミュンヘンの名物イベントに想いをはせて
【37】伊豆、とある館にひそむ物語
【38】旅は人生そのもの、柔道とワインの達人との一期一会
【39】初めての出会いから60年余。いまこそ、贈りたい言葉
【40】「運命」を感じに、部屋の中から壮大な旅を
【41】雪の向こうに見えるもの。川上善兵衛に、改めて敬意を。
【42】散切り頭を叩いてみれば…明治は遠くなりにけり
【43】風の道、森の恵み…ワイン造りに大切なもの。
【44】風は淡い緑色…茶の安らぎを求めて静岡県島田市へ
【45】なくても生きてはいけるが、なくては人生じゃない。
【46】北海道・仁木町の雪は、葡萄とヴィニュロンの心強い味方。
【47】偉人たちが贈った賛辞とともに、ワインを愛でるひととき。
【48】木は日本の心、櫛は心を梳かす…秋が深まる中山道の旅。
【49】千年後に想いを馳せて、イクアンロー!北海道・阿寒のワイン会。
【50】葡萄が「えび」と呼ばれた時代を偲んで…「本草学」のススメ。
【51】カスタムナイフの巨匠は、なぜ「栓抜き」を手がけたのか。
【52】夢の中に御出現! 摩訶不思議な鳥居をめぐる京の旅
【53】明言、金言、至言…先人の御言葉とともに味わう春のワイン
【54】日本の酒文化のルーツは?古の縄文時代を目指す想像の旅
【55】一杯のワインとテディベアが、世界平和に役立ちますように
【56】チリで、フランスで、北海道で。出逢いに導かれた84年。
【57】神話の里、日本一の庭園を擁する美術館への旅。
【58】ワインを愛でる前にそっと心の中で「五観の偈」を思い出してみる
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2024年10月25日 発行
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